0730 來自NHK新聞 00:00 04:26

むかしむかし、田舎いなかでは、カガミという物ものをほとんど知しらなかった頃ころの話はなしです。

　ある若わか夫婦ふうふが、夫おっとの父親ちちおやと三さん人にんで仲良なかよく暮くらしていました。
　ところがある日ひの事こと、父親ちちおやは急きゅうな病やまいで死しんでしまったのです。
　大好だいすきな父親ちちおやに死しなれた息子むすこは、毎日まいにち毎日まいにち、涙なみだにくれていました。

　さて、ある日ひの事こと、その息子むすこは気きばらしにと、江戸えどの町まちへ出でかけました。
　そして町中まちなかをぶらぶらと歩あるいていると、店先みせさきにおいてあったカガミがピカリと光ひかります。
「おや？　今いまのは何だろう？」
　不思議ふしぎに思おもった息子むすこは、ピカッと光ひかったカガミをのぞいて見みてびっくり。
「死しんだ親父おやじに、こんなところで會あえるとは！」
　カガミにうつった自分じぶんの顔かおを父親ちちおやと勘違かんちがいした息子むすこは、なけなしのお金かねをはたいてそのカガミを買かいました。
　そしてそれを大事だいじにしまうと、ひまさえあればのぞき込こんでいました。
　そんな夫おっとの行動こうどうを不思議ふしぎに思おもった女房にょうぼうは、夫おっとが晝寢ひるねをしているすきに、隠かくしてあるカガミをこっそりのぞきこみました。
　するとカガミの中なかには、とうぜん女房にょうぼうの顔かおがうつります。
　しかしそれを見みた女房にょうぼうは、血相けっそうを変かえて怒おこりました。
「なんとまあ！　こんなところにおなごを隠かくしておるとは、それも、あんなブサイクなおなごを！」
　腹はらを立たてた女房にょうぼうは、
　ガシャーン！ 
と、大切たいせつなカガミを壊こわしてしまいました。
「さあ、ブサイク女おんな。よくもあたしからあの人ひとを奪だついやがって、はやく出でて來こい！」
　女房にょうぼうは壊こわれたカガミをひっくり返かえしてみましたが、もちろん誰だれも出でてはきません。
「ちくしょう。逃にげたな！」
　女房にょうぼうは気持きもちよさそうに晝寢ひるねをしていた夫おっとをたたき起おこすと、こわい顔かおで言いいました。
「あんた！　わたしに黙だまって、あんな所ところへおなごを隠かくしておるとは、どういう事こと！」
「はあ？　おなご？　何なにを一體いったい???。ああっ！　なんという事ことをしてくれた。あれにはわしの親父おやじが入はいっておったのに！」
「うそおっしゃい。ブサイクなおなごじゃったよ」
「何なにを言いう。わしの親父おやじだ！」
　そんなわけで、夫婦ふうふの大喧嘩けんかが始はじまりました。

　ちょうどそこへ、村むら一番いちばんの物知ものしりの莊屋しょうやさんが近ちかくを通とおりかかりました。
「まあまあ、なにを喧嘩けんかしておる。落おち著ついて、わしに事情じじょうを話はなしてみろ」
　そして二人ふたりの話はなしを聞きいた莊屋しょうやさんは、腹はらを抱かかえて大笑おおわらいです。
「あははははっ。何じゃ、そんな事ことか。
　それはな、カガミといって、自分じぶんの姿すがたがうつる物ものじゃ。
　亭主ていしゅが見みた親父おやじさんと言いうのは、自分じぶんの顔かおじゃ。
　そして女房にょうぼうが見みたおなごも、自分じぶんの顔かおじゃ」
　莊屋しょうやさんの説明せつめいに、夫おっとも女房にょうぼうも大笑おおわらいしました。
「なるほど、親父おやじにしては若わかいと思おもった」
「あたしも、どうりで美人びじんなおなごと思おもった」

おしまい